生涯スポーツ
上天草市弓道協会
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弓道とは

 弓道は、他の競技と多少異なり、相手は人でなく的であり、一人で楽しむことができます。 素朴で親しみやすく、少年からご年配の方まで、年齢や男女を問わず、それぞれ自分の体力に応じた強さの弓を使って過激すぎることもなく、晴雨に係わらず練習時間も自由に調整することが可能な誰にでもできる武道・スポーツです。

 静止不動の的に対して、当たり・外れ、射行(しゃぎょう)として成功・失敗と一本一本を味わいながら楽しめて興味の尽きないのが弓道です。

 正しい姿勢で正しい射(弓を射ること)、背骨を伸ばし胸郭を広げて左右の均衡を図り、気力を丹田に収め、満を持して離さぬ精神の集中、そこから生まれる正確な的中。「自分」と「弓」、そして「的」の三者が一体となって冷静に正確に果断に射放つ。尽くしてもなおかつ的中しない、当たらなければそれはすべて自分に起因する。その原因を求めて自己反省をする。それがまた精神面の修練に大きくプラスするところであり、こよなく弓道が愛される所以でもあります。

 弓道の弓には照準機がついていません。自分の体感だけを頼りにしていますので、周囲の状況、対戦相手の的中等に影響されやすく、ちょっとした心の動揺で射術が狂ったりすることはよくあります。そこで、平素から射法の基本動作を確実にして、密度の高い練習を重ねて的中率を高めることはもちろんですが、物事に動じない、いわゆる「不動心」を養い、淡々とした平常心で行射できるよう修練しておくことも大切なことです。

 弓を引く動作を八つの節に分けて「射法八節」といい、一つ一つを正しく組み立てることになっています。この八節は別々のものではなく、始めから終わりまで一連の動作で一貫した流れのように行わなければなりません。これを正確に行うことによって的中率は高くなります。

 弓における「真」とは「真の弓は偽らない」ことであって、矢は正しく狙った的に真っ直ぐに飛ぶから的中にも偽りはない。偽りのない射はどのようにあるべきか、という思いを持つ事も弓における真実の探求の一面であり、現在弓を射ているその大部分は「真実の探求」であるともいえる。弓における真とは、弓の冴え・弦音・的中により立証される。すなわち、一射ごとにこの「真」をもとめてゆくのが弓道(求道)の「みち」である。

 ここで「善」というのは、主として弓道の倫理性を指す。弓道の倫理、すなわち礼とか「不争」とかは静かな心境のことであり、心的態度が「平常心」を失わないことが重要である。弓によって互いに親しみ、弓によって協同し、和平であること。心的にも平静を失わない境地が必要な条件であり現代の弓道の特性である。

 弓における美とは何かといえば、前にいった「真なるもの」は美しく、「善なるもの」も美しい。これを具体的に表現しようとする射礼もその一つである。日本の弓は弓自体が最も美しい弓だといえるが、その荘厳性と人間の進退周還、それに静かな心的態度がリズミカルに動くことは、われわれの美的感覚を刺激することが大きい。